やまもとなおやすのプロフィール


山本 尚康(やまもと なおやす)

1977年11月18日生まれ。血液型はおおらかなO型です。

簡単なプロフィール

全部読むのは面倒だって方のために、『やまもと なおやす』がどんな人間か簡単にまとめてみました。もっと知りたいって思って頂いた方は読み進めて頂ければ幸いです。

◆年齢:39歳
◆出身地:兵庫県
◆家族構成:妻1人息子1人
◆性格:超がつくほど穏やかです。
◆職歴:商社勤務→経理業務→現場管理
◆趣味:息子と公園・海外ドラマ・読書・資格取得
◆好きな海外ドラマ:CHUCK・スローンズ・SUITS他
◆好きな映画:今をいきる・ユージュアルサスペクツ
◆好きな作家:伊坂幸太郎・恩田陸・東野圭吾
◆好きな俳優:遠藤憲一・中井貴一・三浦友和

やまもと なおやすのもっと詳しいプロフィールを知りたい方は読み進めてくださいね。

生い立ち

広島ファンでイジメられた小学校時代

阪神タイガースの本拠地である甲子園で生まれ、TVを付けていなくても球場の声援で勝敗がわかるくらい甲子園球場の真横で幼少期を過ごす。

99.9%が阪神ファンといった小学校で親父の影響で広島ファンというだけでイジメられた小学校時代。勝っても負けても家の前で馬鹿騒ぎする阪神ファンを見て「死んでもこんなくさった大人にはならねぇ」って誓いました。

総合選抜でぬくぬくと育った中学時代

甲子園球場のある兵庫県西宮市は当時総合選抜制度という悪制度を取っていたので、よっぽどのバカでない限り受験勉強をしなくても自宅の一番近い高校に行けました。

そのため、中学3年間はほとんど勉強をした記憶がありません。

そんな中唯一頑張っていたのが高校まで続けたバレーボール。小学生まではほとんど運動をしてこなかったので運動神経はお世辞にも良いとは言えないタイプでしたがモテたいという一心で頑張りました。

家族全員背が低い中、バレーボールのおかげなのか身長もガツンと伸びそれなりのプレーヤーになることができました。

要領よく効率的にを覚えた高校時代

上でも書いたように9年間勉強をせずに高校生になってしまったので、偏差値って何?ってくらバカな高校生でした。

だからと言って、高校から勉強をやりだした訳でもなく、バレーボールの引退までは常に試験では赤点状態といったバカさ加減は相変わらず。

全国大会までは行けなかったものの近畿大会まで出場できたおかげで、バレーボールで大学のスポーツ推薦は頂けました。しかし、大学行ってまでバレーボールを続ける気は起こらなかったので大学受験することを選択。

偏差値30ちょいの私でしたのでかなり無謀な挑戦。浪人100%とまわりに言われる中、要領良く効率的に勉強をすることにしました。

まず、私が大学受験をした年は前年に神戸大震災が起き神戸の大学の募集人数が例年より多いのではと噂がありましたので、神戸の私大のみを狙い撃ちで受験することに。

神戸の私大で当時行きたいと思える大学は甲南大学(偏差値60)しかなかったので、甲南大学の過去問やら対策授業のみを受け偏差値30ちょいの私が5ヶ月で合格を獲得することができました。

実際に私の年度の入学者数は例年の倍近い人数が甲南大学に進学していたので狙い通りだったようです。

要領よく効率的に計画すればできないことはないということを覚えました。

ギャンブルに明け暮れた大学時代

たった5ヶ月の受験勉強で入学できた甲南大学ですが、最初の数ヶ月は真面目に通学したもののすぐさまダメダメな生活に逆戻り。

今はわかりませんが、当時の甲南大学は出席確認なし試験はノート持ち込み可と行った誰でも単位を取ることができる講義ばかりでしたので親には申し訳ないと思いつつ行かなくなりました。

で、朝はスロットを打ち、夕方からはパチンコ屋でアルバイトし、夜中は麻雀か悪友と遊びまわるといった典型的なダメ学生。

卒業間近になっても就職氷河期ということもあり、就職活動をする気にもならずダラダラとパチンコ屋でアルバイトを続けニート生活が始まります。

生活スタイルは相変わらずで、気づけば借金は200万円を超えちゃんとした定職につかなければということで現在の会社に就職。

それから35歳まで

正直今考えると生きた実感のない空白の期間。

それなりに仕事をし、給料も増え、家庭を持ち、子供が生まれ、他人から見れば問題のない良い人生っぽく見えるかもしれませんが心は完全に無でした。

それなりの役職も付き、部下も増えたけど自分が成長している感じが全く感じられず、惰性で生きていた無駄な10年だったと思います。

実際この時点で学生時代に作った借金は減りも増えもしていない状況でした。

35歳から37歳

35歳になった時にようやく将来や借金について真剣に考えるようになりました。遅っ

仕事は30歳からの5年間で一から仕事の仕組みを作りあげ何もしなくても毎年売上が上がる状況。

時間に余裕がかなりあったんです。

営業には自信はありましたが、技術・資格がないため転職先も限られてしまうと考え税理士資格の取得を目指しました。

税理士資格は5科目取得で資格を取ることができるんですが、最初の2年間で4科目取得。大学受験でもそうでしたが、要領よく効率的に勉強するのが得意なので周りの専門学校仲間が落ちていく中順調に合格していきました。

しかし、年齢的に税理士資格取得後の人生設計に疑問を持ち始め資格取得することを断念。資格試験の勉強にあてていた時間を資産運用の勉強に方向転換するこを決断。

38歳から現在

大学時代に作ってしまった借金200万円はその後どうなったのかというと、税理士資格の取得のため専門学校に通ったりとで300万円まで膨れ上がっていました。

さすがに借金の利息だけでもかなりの金額になっていたので本気で返済を開始。

借金返済でも要領よく効率的に返済することを第一目標とし、100冊以上の節約に関する書籍や多くのブログを読みあさり支出を毎月10万円減らすことに成功。

しかし、節約だけでは返済に3年近くかかるため収入源の多角化を目指し始めました。

  • マンションを追加で1室購入
  • マンション1室賃貸開始
  • 駐車場3台分の土地を購入
  • 駐車場3台賃貸開始
  • 自動販売機2台設置
  • 長期保有の株式を7銘柄購入

元々住んでいたマンション1室の賃貸し賃貸料を、新たマンションと元々住んでいたマンション2戸分の住宅ローンの返済にまわすことに成功。支出の大部分を占める住宅費を完全にゼロにできました。

まだ、収益にはなっていないですが車4台停められる土地を購入し賃貸料でローンを返済。収益化は問題なく進めば10年後から。

自動販売機の設置で約6万円の収益化に成功。

株主優待目的で7銘柄の株式を購入。

これらの投資で支出を減らしたり、収益を増やすことによって300万円あった借金を1年で返済することに成功。

要領よく効率的に頑張れば誰でも借金は簡単に返済することが可能である事を身をもって証明する。

収入源の角化を目指しブログ運営を開始

借金を返済する1年間で収入源を多角化するメリットを多いに感じ、収入源の多角化を今後の人生における目標・目的に定めようと考えるようになりました。

ブログの運営を始めた理由としては、記事=資産といった考え方が出来るからです。

自分の書いた記事が24時間ネット上で働き続け、収益をもたらしてくれる可能性がああります。それは一時的なものではなく、ブログを続けている限り一生続くんですよね。

これは私の根幹にある要領よく効率的に最も適したビジネススタイルだと思いブログ運営を開始しました。

借金を返済する1年間で身に着けた節約方法をメインに情報発信しております。

 

40代から更なる飛躍をするため新しいことへの挑戦を続けていきます!

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